生きることにこだわりを。魚住惇です。
学校は今、夏休みです。勤務校もそうだし、長男(6歳)が通っている小学校もそう。夏休みと言えば、そう、読書感想文です。いつの時代からか、今は読書感想文が全員ではなく希望者のみになりました。この希望者のみというのをどう受け取るかですよね。魚住はもちろん、「チャンス」です。こういう募集がかかっているものに応募する生徒として見られるようになったら、先生からの信頼度も上がりますからね。
学校ていう場所は、先生からの信頼があればあるほど、過ごしやすくなります。いやまぁ、僕自身が小中高校と信頼度があったのかと言われたら、無い生徒の代表格みたいな感じでしたけどね。はは。でもこうして学校で働いていると、一度先生方の信用ラインを越えてくれた生徒は、本当に周囲からそういう目で見られるようになります。仮にプログラミング思考力があり、魚住が認めた生徒がいたとすると、周囲も「あの生徒は魚住先生が認めた生徒だ」と見てくださるようになります。これが本当に教育的効果があって、こうした頑張っている生徒に、先生方は分かりやすくチャンスを与えるようにもなってくれます。
ただ、ここまでに育てるのも本当に難しくてね。そこまで応えてくれる生徒もなかなかいません。僕が厳しすぎるんでしょうか。だからこそ、魚住フィルターを突破してくれるような生徒と早く出会いたいものです。
そんな魚住が息子に求めること。それは努力です。学校で働いてきて多くの生徒を見てきました。やっぱり評価してもらうためには、それなりの行動力が必要です。だからこそ、全ての難易度が低い小学一年生のうちに、チャレンジさせておくのです。
さて、小学一年生の読書感想文の文章量は要項によると800文字です。原稿用紙2枚分ですね。長男は1学期の間は学校で、ひたすらひらがなを練習してきました。まだ先生側もカタカナを書かずに黒板で授業をされているわけですよ。まだ音読くらいしかやらせていないのに、どうやって教えたらいきなり読書感想文なんて書けるようになるのかしら。
とは言ってもね。一年生ですよ一年生。親の手が入るに決まってるじゃないですか。だって昨年度まで保育園ですよ?おてがみに目覚めてひらがなカタカナ書きまくっちゃったならまだしも、うちの子は書くことそのものが面倒くさいときた。これはもう、あの手この手を尽くしてでも、文章を書くのを好きになってもらうしかありません。
今回はそんな息子のために、newsletter生活を続けている魚住が読書感想文のお手伝いをしましたよというお話です。ちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
幼少期の作文体験
既に昨年の今頃の時期に書いたnewsletterと内容が重複してしまいますが、ここで僕自身の読書感想文の原体験を語ろうと思います。
実家に帰ると、昔自分の部屋として使っていたところは既に弟の部屋になっていますが、僕がかつて受賞した賞の賞状が今でも飾ってあります。小学生の頃は、ほぼ毎年、読書感想文コンクールで何かしらの賞を受賞していました。秋ごろには必ず体育館で表彰されていましたし、読書感想文を朗読したテープが給食の放送で流れたりもしました。
じゃあそれだけ読書感想文が得意だったから、今もこうしてnewsletterを書いたりできているのか?と言われたら、決してそうではありません。僕は元々、思ったことや考えたことを書くことが嫌いでした。ただその嫌いな理由が、クラスで小ばかにされるからという理由です。物語を考えたり、修学旅行に行った時の思い出を作文するのはむしろ好きな方です。ただただ、みんなの前で読み上げるのが嫌いだったんです。
文章を書くという体験が苦にならなくなったのは、母親の影響を大きく受けたからでした。今でもすぐ何かと言い合いになるし、できたらなるべく関わらないように生きていきたいんですが、定期的に孫の顔を見せに行かないといけないので毎月実家に帰ります。一緒に住んでいると本当に嫌なところばかり目に付く母ですが、母の凄いなと思ったのが文章力でした。材料さえあれば、文章がすらすらと口から出てくるんですよ。
僕は本当に小学校に入ってから国語が苦手で。テストに出てくる「それ」を指す言葉とかもまじで理解不能でした。下線部の意味とか知るかよって毎回思っていました。でも母から「なんでそんなこともわからんの。直前に書いてあるが」と言われてなんとかここまで来れました。
当時の読書感想文は全員が提出することになっていました。小学2年生や3年生になると、もう読書感想文が楽しみになってしまっていて、課題図書のどれにしよっかなーなんて思いながら本屋に行った記憶もあります。それもそのはず。読書感想文の一番大変な部分を母が手伝ってくれたからでした。
その頃の我が家での読書感想文を各プロセスはこんな感じです。
読書感想文として書きたい本を選ぶ
一通り読む
どんな本だったのかをひたすら母に語る
母が読書感想文を喋る
一語一句原稿用紙に書き写す
書き終わるまで345を繰り返す
どんな本であれ、読書感想文を理由に1冊買ってもらうことができた。これが結構でかかったなと思います。とはいえ物語を読むのも好きだったので、課題図書を読むこと自体、僕は好きな方でした。それよりももっとみんなに知ってほしいような本があれば、課題図書よりも優先したこともあります。ただ読書感想文の際は、その多くを課題図書を読むことで過ごしてきました。
本を読むことそのものはあまり苦になりませんでした。物語がどう展開するのか、結末はどうなっちゃうのか。そんなことを考えながら読むのは自分にとって漫画とそう変わりませんでした。要は自分にとってつまらない読書というのは、興味がわかないような内容を読まされているときくらいで、割と読書そのものは好きな方でした。
ここからです。母が凄いのは。僕が読んだ本の内容について、とことん質問してきました。どんな本なの?主人公の名前は?どんなお話?それで、そのときあんたはどう思ったの?じゃあそれを書いたらいいじゃない。次に感動したのはどの場面?どこが面白かった?で、そのあとどうなるの?じゃあそれを書いたらいいじゃない。ひたすらこれの繰り返し。どれだけ長いお話だって、これをずっと繰り返します。中学生の課題図書でもこれをやりました。
この作業の途中から、母は聞き取るだけではなくて、文章も言い始めます。本を片手に感想を伝えるわけですが、それと同時並行で、「今から言うことをそのまま書きなさい。」「ぼくは、てん、このとき」みたいな感じで、句読点も含めて言ってくるのです。僕はただそれを聞きながら、原稿用紙にプリンターのように書いていくだけ。もちろん書いていて違うなと思った部分は「今のやっぱり消して」みたいなこともありました。稀にですけどね。原稿用紙が3枚になろうとも4枚になろうとも、僕自身はただ言われた通りに書いていくだけで、読書感想文が完成してしまったのです。
ただし、読書をしたのは魚住本人です。どの部分で感動したとか、その場面で何を考えたということも、全部自分の心から出てきたものでした。母から出てきた文章を声に出して読んでみると、確かにこの場面でそう思ったなぁという感覚があったのです。
今でこそ文章を書くときはコンピュータを使うことが当たり前であり、キーボードで入力しつつ、編集するタイミングでは文字を消したり、行を入れ替えたりしながら文章を組み立てていけます。すごいなと思ったのは、小学生だった僕から伝えられた多くの情報を頭の中である程度整理し、読みやすく聞きやすい原稿用紙用の文章として再構築できる母の能力でした。これはまさに情報処理能力だと今なら思うのです。
それと、親に読書感想文を手伝ってもらったとしたら、それは意味があったのかという問い。本来ならば自分の力で本を読み、自分だけで書くことが読書感想文ではないのか。まぁ言われてみれば確かにそうなのですが、僕はあの体験があってから、頭の中でそれについての情報が一定量を超えると、それについての「語り」が出てくるようになりました。ほけーっとしていると、なんか頭の中で考えていることについて、まるで授業で解説しているかのように語っている自分の言葉が出てくるのです。きっと病気ですね。職業病です。再構築に成功した文章を語っている自分が脳裏に出てきたら、それを書き留めるかキーボードで入力するようになりました。
情報を整理し、文章として再構築する
あれから30年。僕も親となり、子どもが読書感想文を書く年齢になりました。あの頃の母のようには自分は頭の中だけで情報処理ができないなぁと思いながらも、なんとか似たような形で貢献できないかと考えました。ひとまずスキルとして身につけることができた情報処理能力。でも自分の場合は、出力するまでの情報を全て頭の中に入れておくことができません。母よりもバッファが少ないなとも思います。その代わり、ある程度情報が溜まったら、書き出したり図解を試みたくなります。というわけなので、自分なりのスキルを活かしながら、息子の読書感想文の力になろうと考えました。
今回、読書感想文の題材として選んだのは、小学校低学年向けの課題図書『まこちゃんとコトバロボ』です。
まこちゃんとコトバロボ Amazonリンク
この本の主人公は勉強を苦手とする女の子、まこちゃん。そしておばあちゃんが孫のまこちゃんのためにと買ってきたコトバロボが登場します。もう察しちゃいますよね。コトバロボて。まるで手足が生えたチャッピーじゃないですか。で、物語中ではまこちゃんが、コトバロボに宿題をやらせて、テストで酷い点数を取ってしまう場面とかもあるわけですよ。でも最終的には、コトバロボにはまこちゃんの先生になってもらって、一緒に勉強するようになるわけです。最後にまこちゃんは新しい言葉をどんどん覚えて、おばあちゃん宛の手紙を書くための便箋を母にねだるようになりました。
なんかチャッピーさんの活用の授業のために用意したお話に似ていますね。
ページ数は64ページ。これで1540円は高い!とも思ったのですが、今回は妻のゆかさんが
図書館で借りてきてくれました。我が家から図書館は本当に近くて、徒歩だと5分、車で3分の距離です。まずは息子に読んでもらうことにしました。そして育児の合間にゆかさんも自分も読み終えました。
その後にやったのは、お話のまとめです。登場人物やお話の内容の区切りなどをまとめて、そこでどんなことが起こったのかを簡単にまとめました。あ、そうそう、どこにどうやってまとめたのかというと、壁に貼り付けたホワイトボードです。
ひゃっひゃっひゃ。買っちゃったもんね。2m×90cmのホワイトボードシートをリビングの壁に貼りました。ゆかさんはホテルライクの生活を求めていたため当初は反対しておりましたが、僕の強い希望もあって、リビングの側面に大きなホワイトボードシートを貼る流れになりました。そしてまずは、読んだ本のまとめを書きました。あ、この汚い字を書いたのは父ですけどね。本当はホワイトボードをねじで固定するタイプにしたかったんですけどねぇ。これから先の人生を考えて、後で剥がせるタイプにせざるを得ませんでした。
内容を一度に書いたわけではありませんが、本の内容を読み進めるうちに書き足していき、ホワイトボード全体にまで広がりました。今思えば、マインドマップにでもすればよかったかもしれませんね。書いた内容の中には、物語を読み解いた部分に加えて、息子がどう思ったのか、自分だったらどうするか、登場人物の気持ちはどうだったのか、なども加筆しました。お父さんとしてはとても嬉しくてね。学校でも家でも授業ができて、幸せなんですよ今。
さて、これだけではまだ読書感想文は書けません。なぜなら、息子が思ったことや考えたことなどが圧倒的に不足しているからです。物語の読解は進んだものの、そのときにどう思ったのか、自分だったらどう考えるのか。少しは書いてあるんですが、原稿用紙2枚分には遠く及びません。ここで追加で質問をして、内容をもっと増やす必要が出てきたわけです。
というわけで、次に書かせたのはこちらの紙です。こちらで用意した質問項目や、書いてくれた内容に応じて追加した質問に、ひたすら書いてもらいました。1時間か、もうちょっとかかったと思います。本を振り返りながら、自分と向き合いながら、思うことをとことん書いてくれました。
最初は本当に書けなかったんですよ。特に自分の気持ちの部分。登場人物の、まこちゃんがどうなったとか、内容については書けるんですが、その時に自分がどう感じたのか、息子の胸の内を明かすような記述が一切ありませんでした。そこでもっと自分のことを書いてよと言っても「そんなこといわれても!わかんない!」なんて言うもんですから、こっちは「今の言葉でもいいから書いて」と言い続けました。
フリーライティングの考え方ですよね。なんでも良いから書く。とにかく思ったことを書く。おなかすいたでもいいから書く。運動と一緒で、準備運動をしないとうまく走り出せないんですよ。写真でいうと一番右側の紙。これを最初に用意したんですが、全然書いてくれず、その代わり、質問を変えながらなんとか文字を書き続けてもらいました。字が汚くても、読みづらくても今回は何も言いませんでした。とにかく書き出すこと優先です。
本、それをまとめたホワイトボード、そして自分の考えを書き出した紙。そしてネットに公開されている読書感想文コンクールの入賞作品。これらを僕が読み込みながら、800文字分にしました。読書感想文はある程度フォーマットが決まっているようなものなので、そこまで困りませんでした。ただ自分の場合は頭の中で全ての処理を行えないので、こうした材料をこねくりまわして、なんとか作った感じですけどね。あとは出来上がった文章を息子に朗読してもらい、妻がそれを聞きいて、最終Goサインが出たら、仕上げとして原稿用紙に書き写す作業が始まります。書き写しは妻監修です。
本来ならば、文章を書くという行為も息子にやらせるのが筋というものなんでしょうが、まぁきっと多くの親が手を入れているだろうなぁという思いや、自分の小学生時代の経験から、ひとまず今回息子に頑張らせるのはここまでにしようと考えたのでした。いずれは自分で文章そのものを考えられるようになってもらいたいですし、今回はその練習ですから。それでも文章の中には実際に息子が考えたことや思ったことなどを入れたので、朗読を聞いていてもあまり違和感がありませんでした。
文章を書くって、本当に難しい行為だと思うんですよ。僕もこうして書きたいことを書きたい分だけ書くなら、時間こそかかるものの思った通りに書けて、割と楽しい体験ではあります。ただフォーマットが決まっていて、自分が考えた文章がその通りになっていないとしたら、結構苦しんだりもします。フォーマットを埋める方が楽という人もいますけどね、僕自身は自由の方が書きやすいんですよ。そこから、フォーマットに落とし込んでいく。
息子にも話したことですが、最初から800字を目標にしていたら、紙にあれだけ書けなかったと思います。制限を気にせずに、ただ思ったことをひたすら書いた。まとめるのはその後なんですよね。1つの形にするためには考えるだけ考えてアイデアを拡散させていき、内容を見ながら収束していく。今回はこのプロセスを理解してほしかったんですよ。
何気にゆかさんからの「締め切りまであと〇日だから」が一番心に刺さりました。お尻を叩かれながら、なんとか息子たちと夏休みを過ごしていますよ。ホワイトボードは本当に買って良かった。
今回のnewsletterは以上となります。
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