生きることにこだわりを。魚住惇です。
先日名古屋で飲み会があったので、大須にあるペンランドカフェという文具店(というより万年筆専門店)で万年筆の調整をお願いしました。
そこで分かったこと。というか改めて指摘されたのが、万年筆の持ち方でした。そう、自分が万年筆を持つとき、親指と人差し指がくっついていたんですよ。力を抜いて、ただ支えるだけの状態にするために、まずはそこを離そうかと言われました。
ううむ、確かに万年筆のボディを中指の左側に乗せて、その状態で横から親指と人差し指でつまむように持つと、鉛筆の持ち方と比べてあまり力が入りません。そうか、万年筆って、こうやって持つのか。いやここにたどり着くまでに何年かかってんだって話ですよね。
「万年筆 持ち方」でYoutubeなどで検索してみても、それこそ手の大きさや指の長さなどで、相性の良い持ち方は様々です。店長さんは僕の手や指と万年筆の位置関係を見て、きっと最適解となるような持ち方を提案してくれたんだと思います。
ああ、こういう感じに最初から教えてもらえていたら、もっと違った万年筆人生を送っていたのかもしれないのにな。これまで時折書いていた万年筆のお話を思い出すと、心が苦しくなります。僕自身のこだわりは決して万人に受け入れられるものではなく、時として相いれないことも知っています。
それでもこうして今、まだなんとか万年筆人生を送っています。今回もちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
生成AIが繋いだ恋
子どもたちがリテラシー教育ゼロの状態で生成AIを使うとどうなるのか。僕はそれとなく観測していて、良い使い方と良くない使い方があるんじゃないかと思いました。ここでの評価軸は、生徒自身の学力向上に寄与しているかどうかです。生成AIを活用することによって、その生徒自身が勉強できるようになったとか、自己表現ができるようになったとか、そういう感じになったら「良かったね」と言えるということです。
でも今の子どもたちは、少なくとも生成AIを残念な方向で使っているようにしか思えませんでした。特にこの前の冬休みに出した課題では、提出締め切りである始業式の前日になると、目まぐるしい速さで全て提出してくる生徒が大勢いました。
提出状況だけを見ていると一度に全部を出したっていうだけなんですが、「じょうほうらいふ」の問題演習で全問クリアすると発行される修了証には発行時刻が書かれていて、6種類もの修了証の時刻全てが15分以内になっている生徒もいたのです。いや、これはさぁ、流石になんかズルいことをしているよねぇ。
手口は様々考えられます。演習問題のスクリーンショットを生成AIに投げて、解答を得ることも容易いでしょう。クラスメイトや部活動仲間から模範解答を入手したかもしれません。今の時代、家族にプログラマーがいる場合も考えられます。AIやコンピュータが登場する前から、こうした宿題を楽に終わらせるための方法として、既に宿題が終わった人の内容を書き写すことが代表的だと思います。僕の学生時代にもありました。というか大学時代にはその「宿題が終わった人」というのが僕でした。
そう、他人の力を借りて課題を提出するという方法はこれまでも存在しました。それを生成AIを使っているだけなら、こちらの受け止め方もそこまで違わないはずです。それなのに、「こいつ、この課題に生成AI使いやがったな?」と思ってしまう。この受け止め方には一体どんな差があるのでしょう。
人類はこれまでだって、便利な道具を発明してきました。今や車を使えば自分の足で歩かなくとも遠くの場所に早く移動することができます。新幹線に乗れば名古屋から東京・大阪まで数時間です。こうした道具を利用してショートカットしたところで、ズルいなんていう感覚はありません。
さてタイトル回収です。このモヤモヤの正体に気づいてもらうために、僕とClaudeくんで考えたストーリーを紹介します。
「AIが繋いだ恋」
プロローグ
高校2年生の美咲は、SNSで同じ趣味(アニメ)の投稿をしている隣町の男子高校生・蓮と繋がった。
最初のDMは自分で書いた。
「あのアニメの最新話、めっちゃ良かったですよね!」
蓮から返信が来た。嬉しかった。
でも、次に何を書けばいいか分からない。
第1章:AIとの出会い
「どう返信すればいいかな...」
美咲は友達に相談した。
「ChatGPT使えば?私もよく使ってるよ」
半信半疑で試してみた。
美咲→ChatGPT: 「好きな人とDMしてるんだけど、どう返信すればいい?相手は『最新話のあのシーン、鳥肌立った』って言ってる」
ChatGPT: 「わかります!あのシーンの演出、本当に神がかってましたよね。特に〇〇のセリフが...って感じで具体的に触れると会話が弾みますよ」
美咲はその通りに返信した。
蓮からすぐ返信が来た。めちゃくちゃ盛り上がった。
「ChatGPT、すごい...!」
第2章:AIに頼る日々
それからというもの、美咲はDMの全てをChatGPTに書いてもらうようになった。
蓮からのDM → ChatGPTに貼り付け → 返信案をもらう → コピペして送る
会話はどんどん弾んだ。
趣味の話、学校の話、将来の話。
ChatGPTは完璧な返信を用意してくれた。
共感するところは共感
面白いところは笑いを入れる
質問で話を広げる
適度に自己開示する
蓮との距離がどんどん縮まっていく気がした。
第3章:デートの誘い
2ヶ月が経ったある日。
蓮からDMが来た。
「そろそろ、実際に会いたいな。来週末、映画とか行かない?」
美咲の心臓が跳ねた。
嬉しい。でも、怖い。
「どうしよう...」
いつものようにChatGPTに聞いた。
ChatGPT: 「素敵な誘いですね!こう返してはどうでしょう:『私も会いたいって思ってました!来週末、空いてます。何の映画見ます?』自然体で、でも前向きな気持ちを伝えるといいですよ」
美咲はその通り送った。
デートの予定が決まった。
第4章:当日の朝
デート当日。
美咲は朝から緊張していた。
服を何度も着替えた。メイクも何度もやり直した。
「大丈夫。今までちゃんと話せてきたんだから」
でも、心のどこかで不安がある。
「今まで『ちゃんと話せてきた』のは、私じゃなくてChatGPTなんじゃ...?」
第5章:いざ、デート
映画館の前で待ち合わせ。
蓮が来た。写真で見た通りの、爽やかな男の子。
「美咲?」
「う、うん!はじめまして」
「やっと会えたね」
蓮は笑顔だった。
映画館に入る。チケットを買う。
「何か飲む?ポップコーンは?」
「あ、えっと...」
美咲は頭が真っ白になった。
(こういうとき、ChatGPTならなんて答えるんだろう...)
スマホを取り出しそうになって、我に返った。
(ダメだ、今スマホなんて見たら、話聞いてないみたいに思われる)
「じゃ、じゃあ、ポップコーン一緒に食べよ?」
何とか絞り出した。
蓮は笑った。「いいね!」
第6章:沈黙の恐怖
映画が終わった。
カフェに移動した。
「映画、どうだった?」蓮が聞いた。
「あ、えっと...良かった、かな」
「俺、あのシーンが特に好きだったんだけど、美咲は?」
「え、あ、うん...」
(どのシーン?どう答えればいい?ChatGPTに聞きたい...)
でも聞けない。
目の前に蓮がいる。
スマホばっかり見てたら、せっかくのデートが台無しだ。
美咲は必死に記憶を辿った。
「えっと、主人公が...あの...」
言葉が出てこない。
蓮は優しく待ってくれている。
でも、沈黙が続く。
美咲の心臓がバクバクする。
(私、DMではあんなにスムーズに話せてたのに...)
第7章:崩壊
「あ、あのね」美咲は震える声で言った。
「私...実は...」
「うん?」
「DMでさ、あんなにちゃんと返信できてたのって...」
美咲は俯いた。
「全部...ChatGPTに書いてもらってたの」
蓮は驚いた顔をした。
「え...全部?」
「うん...。自分じゃ、何書いていいか分からなくて」
沈黙。
長い沈黙。
美咲は涙が出そうになった。
(やっぱり。嫌われた。そりゃそうだよね)
第8章:蓮の答え
「...そっか」
蓮がようやく口を開いた。
「実はさ...」
蓮は苦笑いした。
「俺も、途中から、ChatGPT使ってた」
「え?」
「だって、美咲の返信、すごく完璧だったから。俺も頑張らなきゃって思って」
二人は顔を見合わせた。
そして、笑った。
「最悪じゃん、私たち」
「ほんとにね」
笑いながら、でも、ちょっと悲しかった。
「でも」蓮が言った。
「今、こうして話してる『今』は、本物だよね」
「...うん」
「だったら、今から。本物の会話、しよう」
「...うん」
エピローグ
それから、美咲と蓮は、たどたどしいながらも、自分の言葉で話した。
沈黙もあった。
言葉に詰まることもあった。
でも、それが、本当の二人だった。
DMでの完璧な会話よりも、ぎこちないけど、温かかった。
帰り道、美咲は思った。
(AIは便利だった。でも、私自身が成長しなきゃ、意味がなかったんだ)
スマホの中のChatGPTアプリを開いて、最後にこう打った。
「ありがとう。でも、もう自分で頑張るね」
あとがき・問いかけ
生徒たちへ:
この話を読んで、どう思いましたか?
美咲は何を間違えたと思いますか?
AIを使うこと自体は悪かったんでしょうか?
もしあなたが美咲なら、どうAIを使いましたか?
「本物」って、何だと思いますか?
ここからは魚住が書きますね。以前から「生成AIにチャットを代替させていた女子高生がデートで困る場面」というのを想像していました。はい、元ネタは完全に電車男です。電車男は相談相手が2chでしたが。
このストーリーを子どもたちに読ませるとね、最初の時点で「美咲さぁ、それはないだろう」とか言うわけですよ。ChatGPTが書いてくれた文章をコピペしてDMを送ることが良くないことだって、感覚で分かっているんです。
でもそれがどうして悪いんでしょう。テクノロジーは人類が使うために生まれてきたわけで、それ自体を使うことは決して悪くないはずです。車や新幹線と同じことです。でも今回のストーリーに登場した美咲がAIを使ったことには、確かな違和感を覚えます。
この段階では、生徒たちは「全てを生成AIに頼るのは良くない」と思うようになります。そう、DMで送る文章の全部を生成AIが作ったものにするというのは、気持ちがこもっていないって思うんですね。相手の蓮だって美咲本人からの言葉だと思ってくれているのですから、ある意味裏切りです。
例えばですが、人類の移動手段が発達して、人が自分で走るよりも速い速度で移動できるようになった現代において、どうして未だにオリンピックやマラソンで人が走っているんでしょう。飛脚の時代は遠い昔に終わっているので、数十kmもの距離を人が走る必要はないように思います。
答えは、エンタメです。この時代に人が自分の肉体のみで運動する姿が美しく見えるわけです。これは部活動も同じで、これまでチームで頑張ってきたり、一人で訓練したり、こうしたドラマを背負って運動能力や勝負の駆け引きを見せつけてくれることに、人は心が動きます。
ハンコ文化にも同じことが言えます。これまではその人が確認・承認したという意味で使われてきたハンコですが、DXが進めば確認・承認にハンコは必須ではなくなり、他の方法に代替されます。ハンコそのものは、伝統工芸などで人の心が動く文化として残っていくのです。
では、先ほどのストーリーでの生成AIの使い方は、何が良くなかったのでしょうか。それは駅伝と一緒で、恋愛を発展させるプロセスにおいてのコミュニケーションに、生成AIを使ったことそのものです。本来なら美咲本人が返信内容に悩み、相手を傷つけないためにはどうやって返信したら良いのかと考えます。
この「相手のことを考える」という行動が、コミュニケーション能力の向上につながるのです。念願のデートの日までにこうした努力を続けていたらきっと、当日の日に対面で会ったところで、多少の緊張はあれど会話の内容で生成AIの力を借りようとはならないはずです。
大学教授が「学生から送られてきた、レポートが遅れたことについての謝罪メールの文章が、どうも生成AIっぽい」と嘆いているのをXで見ました。これも本来ならば言葉が拙くても人がやるべきことを生成AIに丸投げしたことを残念がっているわけですよね。
生成AIを使う場面、使ってはいけない場面。この違いのポイントは、「思考」ではないでしょうか。
生成AIは、これまで人類が発明してきた車などと違って、人にしかできないとされてきた「思考」をも代わりにやってくれる存在です。ストーリーに出てきたDMだって、例えば美咲が原文を考えてからAIに添削してもらったら、「この表現だと相手が傷つきますよ」などとアドバイスを受けて、それが本人の人間力向上に繋がります。特にこうした人の成長の機会をAIによって奪われてしまうことを、我々教職員は危惧してしまうのです。
これまでも学校の宿題をただ写して出すという行為は学校現場では日常でした。しかしこれはあくまで正解が決まっているものを写す行為でした。でも生成AIは文章を出力することを得意としています。学校では文章を書くことは自己表現の手段として見ているので、生成AIに全部丸投げされては困るのです。自己ではなくなってしまいますから。言ってしまえば、人が走る100m走で車を使うようなものです。ゲーム業界で言うチート行為に当たるわけです。
生成AIに魂を売り渡すのではなく、あくまで自分の考えを深めたり、言語化するための補助として使う。生成AIを利用した結果、自分の能力向上に繋がったり、苦手だったところを助けてもらう。人として、「自分で考える」という部分を保ちつつ生成AIを使う。児童生徒に成長を促す学校という教育機関では、こうした使い方が正解だと僕は考えます。
とは言ってもね、AIを使おうと思って使い方がチャットだとしたら、初めて見た人はまぁどう使って良いのかわからないものですよ。次回はもう少し細かい、高校生に必要な生成AIの使い方についてお話ししようと思います。
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