刀を持つ資格
生きることにこだわりを。魚住惇です。 今回もちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
刀を持つ資格
1月17日配信のnewsletterで、川崎文具店にて長原さんによるペン先メンテナンス&カスタム会が行われるという話を書きました。
行ってきました。そして車の中で泣きながら帰りました。 今回は自分の不甲斐無さを嘆くお話です。読んでいて苦しくなるかもしれないので、ちょっと読んでいて嫌だなと思われた方は次週の配信をお待ちください。
長原さんに調整をお願いしたのは3本。ペリカンのスーベレーンM1000を1本とM805を2本です。
僕自身、HHKBミートアップの際に東京のリヒトープさんのところに行ったりと、自分なりに万年筆についての見分を広めてきたつもりでした。 だから次こそ長原さんにお会いするときには、長原スペシャル(小太刀)の万年筆を1本お出迎えしたいと考えていました。
もう1本新たに増やすのか、それとも今所持しているものを研いでもらうのかは、その時まだ考えていませんでした。とりあえずワクワクしていました。
そのワクワクは、予約した順番が回ってきたとき、なくなりました。
言葉でどう表現したら良いか・・・。3本見てもらい、M1000の背開きは直していただけたものの、小太刀をお出迎えすることにはなりませんでした。
敢えて他の表現をするなら、レストランで食前酒を頼み、前菜を食べているときの振舞いから、それ以降の注文を受け付けてもらえなかった感じです。
自分が万年筆に何を求めているのか、それはどんな書き味なのか。どんな場所で使うことなのか。長原さんなりに考えたとき、僕の普段使いの1本にはならないんじゃないかと判断されたと思うのです。
確かに自分が求めていたのは、ぬらぬらというか、サラサラ感。インクフローが良く、引っ掛かりのない書き味です。
持参したM1000はフローが良くありませんでしたし、M805は紙に引っ掛かる感じがありました。それをどうにか調整できないかとお願いしました。まず行っていただいたのは、基本サービスのメンテナンスです。状態を確認していただいて、引っ掛かりがあることを伝えました。
しかし、僕が持参した万年筆と、望んでいた書き味に、ミスマッチが起こっていました。にもかかわらず、まだ引っ掛かりがあるからと調整をお願いするやり取りが続いてしまったので、気を悪くされた様子でした。
自分がいけませんでした。頭の中にある万年筆のイメージを勝手に目の前のM805に当てはめて、思った通りの書き味にならないなら「違う」という言葉しか頭から浮かんでこなかったのです。
自分勝手なこだわりを、押し付けてしまっていました。長原さんからは「万年筆の声をよく聞きましょう」と言われてしまいました。
ちなみに自分が初めて買ったペリカンの万年筆はM400です。まだ長原さんに見せたことはありません。このM400は軸が細めなこと以外、全く不満がありません。快適そのものです。この差はどこにあるんだろうかと考えました。
そこで気づきました。M805もM1000も、楽天やヤフオクなどで、価格が通常よりも安く買えると思って判断して購入したもの。買う理由が価格だったのです。
ちなみにM805はデモンストレーター(透明軸)と黒軸の2本所持していて、黒軸はキングダムノートで購入したものでした。これが不思議なんですよ。黒軸は長原さんに研いでもらったら、素晴らしいものに変わりました。今この瞬間に余分な万年筆を手放せと言われたら、M400とM805黒軸を残します。
今思えば、キングダムノートという定評のある中古の万年筆取り扱いショップで買ったことで、書き味がある程度担保されたのだと思います。そこに長原さんの技術が加わって、最高の1本になった。
万年筆は今の時代の工業製品の中でも特別な存在で、アナログな要素が多く残っています。同じ型番であっても個性が強く、ネットのレビューがあまり役に立ちません。評価基準が「書き味」という、ノートとの相性、気温、気圧、筆圧の強さ、心地よさという個人の趣味趣向が多く含まれる要素で判断されます。
これがキーボードならわかりやすいんですよ。キーピッチ、キーストローク、耐荷重、素材などでどんな感じになるのかが大体わかりますから。でも万年筆は、同じ製品であっても個体ごとに特性が変わることもあります。ペリカンの万年筆はどうだの、パイロットはこだとか、セーラーはこうだとか。そういう基準は方向性はわかるものの、最後に自分が使って心地よいと思うかどうかには関係ないのです。
僕は使っていて心地良いという、自分が最も重要視している部分を無視して、ペリカンという名前だけで買っていたんじゃないかと思いました。そして定価の半額近くで売られているものに目をつけて、良い買い物をしたわと天狗になっていました。
それが自分がこれまで味わってきたM400などの書き味からM800はこんな感じだろうとか、M1000ならこういう感じになるだろいうというイメージを勝手に当てはめて、押し付けてしまっていたんですよ。
自分が悪かった。万年筆はこうでなくちゃというこだわりを、無理やり押し付けて、万年筆を傷つけてしまっていた。長原さんにはそれがお見通しだったんですね。
調整していただいていた時に、「頭の中の思考を言葉にする際に、手先で引っ掛かりを感じたくないんでしょ?そのために、ぬらぬらが必要で、引っ掛かりがあると字が追い付いてこない。そうだよね?」と言われてドキッとしました。あれ、自分はそこまで詳しく話したっけか。まさかこのnewsletter読んでくださってる?まさかね。
長原さんが代弁した僕が望んでいることが、万年筆に対して抱いているイメージがドンピシャすぎて、鳥肌が立ちました。そこまで見抜いていらっしゃった。
「もっと万年筆の声を聞きなさい。この子はどういう特性があるんだろう。どうしたらインクが出てくれるんだろう。心地よく書き続けられる動かし方は何だろう。あなたは対話ができてない。自分のこだわりを押し付けるんじゃなくて、もって相手のことを考えて。」
万年筆は、上を見たら天井がないほどの、高価な買い物です。ネット通販で探したら、それをいくらか安く買うこともできます。ただしそれはあくまで、ガジェットや家電のように、製品に個体差がない前提で買うときの賢い買い方です。モバイルバッテリーやiPadなどのガジェットなら、どこで買っても同じです。
でも万年筆は、製造にコストがかかった高価なものよりも、低価格なものの方が手になじむことが発生することもある、そのことを思い出しました。僕は、万年筆へのこだわり方を、間違えていたんですよ。
あまりお話もせず、勝手にお付き合いを始めて、しかも好みを勝手に押し付けてしまって、本当にごめんなさい。あなたとは初めて会ったときに、ちゃんと話せば良かったね。見た目だけで選んでしまった。中身を見ていなかった。ネットの商品画像だけでポチってた。この行いがあなたを一番傷つけてしまった。
長原さんのWebサイトには、こう書かれています。
「万年筆を愛する人のために」
「あなたの万年筆をより良い相棒にします」
The Nib Shaper〜万年筆ペン先職人・長原幸夫 〜
僕は勝手に、自分は万年筆を愛せていたのだと勘違いしていたのかもしれません。にもかかわらず、良い相棒にすることだけを求めてしまった。人間に例えたら、本当に恐ろしいことをしてしまったんだと思います。
そんな自分には、小太刀を持つ資格なんてなかったんですよ。キーボードを愛するのとは、また違う。
僕だったらHHKBを買いたいですという申し出や相談があったとき、どんな人だったら「あなたにはまだ向いてないから」と断るんだろう。その人のことを良く知らなかったり、用途が違っていたり、買ったとしても満足に使いこなせないと思ったら、断るんだろうか。
そう思うと、やっぱり自分は、今ある万年筆を自分の意のままに使いこなすことを押し付けてしまっていた。それがどれだけ非道であるかは、痛いほどわかりました。
書き癖も、直そうと思います。持ち方は割と直せたと思うんですが、書いている途中のペン先の向きが、意外と動いてしまっていることも教えていただきました。これはカクノやLAMY Safariで練習することから始めないと。
そうそう、あまりにもショック過ぎて、川崎文具店さんに傘を忘れてしまったんですよ。翌日に取りに行ったときに調整のときの振舞いについて謝ると、「誰もが通る道だから」と言葉をかけてくださいました。今の時代に万年筆に興味を持ち、数本既に持っている人は、きっとこだわりが強いんじゃないかとも思います。普通の人はペンに腕時計ほどのお金をかけませんから。
自分みたいな人が、過去にもいたのかと思うと、少し心が楽になりました。同時に、みんなこれを乗り越えてきたのかとも悟りました。自分はまだまだ、万年筆初心者の入り口にいたんです。
そして、万年筆をただの道具として見てしまっていた。恐らく現代人のほとんどは似た感覚をもっているんじゃないでしょうか。
万年筆と向き合うとき、心を持った人間と同じような感覚で対話することが必要なのではないか。今回の件でそれを強く思いました。過去のnewsletterの配信でも、似たようなことを書いたかもしれませんけどね。長原さんからしてみたら、僕はまだまだ進歩がなかったかもしれません。
試筆の先に
ここまでが、月曜日に書いたもの。そして、ここからが、配信日本日の朝書いた内容です。
日曜日の夕方にそんなことがあってから、僕は何をしていたのか。
生活リズムが崩れました。子供の寝かしつけから解放されるのがいつも大体22時。それから2時半近くまで、ずっと万年筆を使ってノートに書いてました。
今こうして書き起こすとそんなに何を書くんだって感じなんですけど、日曜日の夜も、月曜日の夜も、2時半近くまで起きて万年筆を使っていました。
書いている時に思わず出てしまう捻りの矯正や、書き心地が悪いなと感じる時の持ち方の把握などを、ずっとあーでもないこーでもないと試行錯誤し続けました。
結果、M805の2本についてはその個性の違いがわかってきたり、インクが掠れるタイミングがわかってきました。
そうか、対話というのはこうやってするのか。
しかしM1000だけはどうしても対話がうまくいきませんでした。どうしても書き味が安定しません。良いなと思った時の持ち方や書き方を再現しようとしても、どうもしっくりしませんでした。
M805とは少し話せたのに、全然振り向いてくれない。まだ何か足りないものがあるのか。
月曜日の夜中、ずっと困りながら書いていました。どうしたら良いんだこれはと。
もう、いい。新しい万年筆を買おう。今度はちゃんと試筆してから、お出迎えすることにしよう。
はい、私は今、東岡崎から徒歩10分のところにある、ぺンズアレイタケウチさんに来ています。
ご覧くださいこの万年筆の数々。思わず頬擦りしたくなります。
そう、僕は火曜日の午後に年休を取って、学校から近くの本線沿いの駅から東岡崎駅まで電車に乗って、岡崎の文房具店に行ってきました。
僕がペリカンのM400を買ったお店です。買ったのが2016年だったので、もうあれから8年経つんですね。
このお店で試筆して買ったM400は、今でも愛用している、満足している1本です。その時の感動をまた味わいたくて、妻のゆかさんには内緒で足を運びました。
M1000ほどの軸の太さ、求めている書き味。これらを考えると、候補はある程度限られてきました。
セーラー万年筆のキングプロフィットがほぼ唯一の候補となりました。
Amazonでの価格は5万円くらい。いや、それではまた自分に合わない1本を持つことになるかもしれない。
そもそもどんな特性の万年筆なのかを知らずに語る、買うという行為がどれほど愚かなのか、痛いほどわかったはず。
というわけで、実際に見に行きました。当時のポイントカードやクーポン券も持って。それとヘソクリ10万円も握りしめて。
店に入って、事情を話し、国産の万年筆をまずは一通り試させていただきました。
セーラー万年筆 キングプロフィットST
セーラー万年筆 プロフィット21
パイロット カスタム845
プラチナ 3776センチュリー
お店にあったペリカン スーベレーン M1000
モンテグラッパ
国産のと思ったはずが、お店の人に勧められたモンテグラッパというイタリア産万年筆も触らせてもらいました。
それと国産では有名どころを試しました。実際に触ってみると、驚くほど書き味が想像と違いました。
あ、あなたはこういう性格だったのか。そちらのあなたは、見た目に反して繊細だったのね。
ヤフオクなんかで万年筆を買うくらいなら、もう金に物を言わせて国産の高い万年筆を買ってやる!
そう思って遥々やってきたはずが、かなり時間をかけて試筆することになりました。
とはいえ好みはある程度定まりました。キングプロフィットのM字か、プロフィット21のBが、求めている書き味に一番近い物でした。
ここで気づきました。自分が求めていた書き味が、スタンダードではないことに。国産万年筆だと、太字に相当する字幅で書きたかったんだということを発見しました。
だから大抵の万年筆を使うと、自分にとっては違うなと思っていたのか。
そうこうしていると、これまで対応してくださっていたお店の方とは違う方が僕のところまでやってきました。
「あらあら、だいぶ迷子になっているみたいね。」
全てがお見通しであるかのような一言でした。ペンズアレイタケウチさんのオーナーさんの登場です。
それから僕はこれまでの経緯を話しました。M400の次に買ったM805やM1000を、楽天やヤフオクで買ったことも。それで失敗したことも。
「ネットで買うことの全てが悪いとは言わないけど、ヤフオクはねぇ、お店でたくさん試筆に使われて、ダメになった万年筆だったかもしれないわね。」
「安い価格で手に入れることが悪いとは言わない。でもそれで、みんな一度は失敗してるのよ。誰もが通る道だわ。」
「良いものに巡り会えたり、失敗したり。それでもここまで来た。得るものはあったんじゃないですか?長原さんがおっしゃっていた”万年筆の声を聞く”というのは、そういう意味だと思いますよ。」
僕は今、VRでドラマでも見ているんでしょうか。魚住惇の物語が、更に前に進んでいる気がする。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。予算と候補を伝えないと。
「キングプロフィットね、今うちには在庫はないんだけど、エボナイトで出来てるのが良いわよ。樹脂よりも触り心地が素敵なの。でも予算は超えてしまうかしらね。お金をもっと貯めてきてちょうだい❤️」
「それと勿体無いのはそのM1000ね。長原さんにペン先を調整してもらっただけでは直らなかったんでしょ?修理に出しましょう。そのままにしておくのは可哀想だわ。」
そう言うと、オーナーさんが問屋さんに電話してくださって、ペリカンジャパンに修理に出してくれる自宅から一番近いお店を探してくれました。
「万年筆はね、一期一会なの。今日試筆されて、得るものはあったかしら。まずはM1000を直してからでも遅くはないわ。せっかく買ったのだから、使えない状態のままにしておくのは勿体無いわ。じっくり考えて。またお待ちしてます。」
こうして、夕方の東岡崎駅を後にしたのでした。
すっかり忘れていました。万年筆のような高級筆記具は、こうして時間をかけて考えて、悩んで、迷って、その先に辿り着いてようやく購入するものだということを。
ネットでポチるのに慣れてしまって、すっかりM400を買った時の感動を忘れていました。あの時も、かなり試筆しました。
ペンズアレイタケウチさんのオーナーさんのおかげで、次に進むべき道がわかった気がします。(でもそれとは別に、プロフィット21の太字をどこかで買ってしまいそうな自分がいますけどね。)
次に買ってみたいのは、キングプロフィットのエボナイトだ。今のところは。それでもこれはまだ候補。
まずは、ペリカンM1000を直してあげないとな。
今回のnewsletterは以上となります。なんだか今週は、物語のような日々を過ごした気がします。 「いいね」を押していただけるとうれしいです。内容に関するご意見ご感想がありましたら、「#こだわりらいふ」をつけたツイートや、Substack内のコメントまでお願いします。