生きることにこだわりを。魚住惇です。 今回もちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
一人一台タブレット端末が配備されることで、魚住が本当に恐れていること
愛知県の多くの県立高校では、6月の最終週から7月の第1週あたりで、期末考査が行われます。考査とはテストのことです。
僕の勤務校では、先週に期末考査が終わりました。今は採点や成績処理でてんてこまいです。
この魚住、例年に比べてちょっと忙しいさを感じています。いつもと比べるとギリギリになってしまうものが増えています。
ちょっと、今年度は抱えるものが増えすぎました。どの仕事も楽しいんですけどね。一番大きな変化が、情報Ⅰという新科目が始まったことです。
これまで教えてきた科目「社会と情報」や「情報の科学」と範囲は似ていますが、勤務校で採用している教科書が、恐らく現存する教科書の中で一番難しい部類に入るだろうと言われているものです。1ページ1ページの内容が濃くて、教材研究が大変です(採用したの僕なんですけどね)。
やりがいがある分、これまで以上に教材研究に時間をかけないと、不完全燃焼で終わってしまいそうな内容が盛りだくさんです。
あと近いうちに始めたいのが、リフレクションです。近頃は、知識を伝達するだけじゃなくて、授業中に思考させたり協働学習をさせることが良い授業だっていう方向に向かっています。でもそれだけじゃダメで、更には内容を必ず振り返らせる活動も盛り込むことで、より学びが定着すると言われています。
50分や45分の授業でそこまでやる余裕あるんかいな?って正直思います。学びのために活動をしているんじゃなくて、後に残す書類を提出するために活動しているんじゃないかっていう本末転倒感も感じます。
だとしても、後に残す形で記録を残さないと、やりっぱなしになってしまうのもまた事実です。ここのバランスが難しいんですよね。
このリフレクションという活動、やっている人にとってはもう当たり前のようにやっていて、実践紹介を見るたびに「しまった、自分もやらないと」と思えてくるものです。
授業の中で、どれくらいの時間作業させて、どれくらいの時間で振り返らせるのか。このバランスを今見極めているところです。
にしても、GIGAスクール構想でタブレット端末が生徒に一人一台配備されることで、授業がここまで変わるとは正直思ってもみませんでした。
逆に言うと、情報の教員としてコンピュータ室を使わせてもらっていた身として、ある種の肩身の狭さを感じつつあります。
今まで散々コンピュータを生徒に触らせておいて、その程度だったのかと思われそうです。
チョーク&トークの先生が、もしも本気でタブレット端末を活用したら
GIGAスクール構想や、その一環である一人一台タブレット端末配備では、未だにこうした取り組みに反対する先生も少なからずいらっしゃいます。これまでのチョーク&トークに自信を持っている先生方です。
僕が何気に恐れているのは、そういった考えの先生方が、ガチでタブレット端末を使い出すことなんですよ。
今は新時代の授業の黎明期なので、環境整備をする側の目線で授業形態の模索を僕がしているところですが、
チョーク&トークで培ってこられた場の空気を掌握する能力や指導力、話す内容を最大限に魅力的にするあの能力をお持ちの先生方が、もし本気でタブレット端末を使いこなす時代が来たとしたら、
魚住じゃ太刀打ちできないだろうなって思うのです。
今はまだ、中堅よりも経験が浅い、若手の先生方がタブレット端末を活用している印象があります。まだまだ足りない経験を、新しいテクノロジーで補っている状態です。最新鋭の武器を装備している新米兵士みたいなものです。
最新鋭の装備は確かに強力ですが、歴戦を戦い抜いてきた熟練者の経験値には敵いません。
となると最強なのは、そんなもん使わなくても良い授業をやってやるわと豪語されている経験豊富な先生方が、タブレット端末をフル活用することだという考えにたどり着くのです。
全ての先生方が、等しくタブレット端末を活用する授業が行われる時代が実現するには、まだまだほど遠いと感じてます。愛知県立高校に配備されるのはSurfaceGo3なので、バッテリーでの稼働時間は実質3時間程度です。1日6限まである授業のうち、3時間で電池切れです。MAXで半分程度の授業での活用が限度です。
そんな中で、どこまで稼働率が上がるのか。実際に全ての県立高校に配備されるのが夏休み中なので、全ては魚住が夏休み中にどこまで設定を終えられるかにかかっているんだと勝手に思っています。
タブレット端末を子どもたちが当たり前のように活用する。そんな未来にワクワクしつつ、自分も常に新しい試みを授業に取り込んで行かねばおいていかれるという、ある種の背水の陣のような圧を感じている今日この頃です。
現場の生徒に「いい先生」だと思われてる常勤講師の先生が、教員採用試験に合格できない理由
※あくまで魚住個人の感想であり考察です。
6月29日に、こんな記事が教育界隈で話題になっていました。
学校で「いい先生」が正規教員になれない理不尽 | 「非正規化」する教師 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
これはどういうことかというと、「非正規の先生が、なかなか教員採用試験に合格しない。仕事もできるし人望もある方なのに、どうして?」という実態について問題提起している記事です。
記事では、現場で求められる能力と、教員採用試験で見られる資質が違うのでは?とも指摘されています。
この問題、僕自身も実際に経験したことがあるので、ここで少し語りたいと思います。
任用の種類のおさらい
まず始めに、教員の雇用形態について確認をします。職名などは自治体によって異なりますが、大まかな枠組みは同じでしょう。
専任:正規の教員、肩書きは教諭
常勤講師:1年契約の非正規雇用だが、専任と同じ分量の仕事を行う
非常勤講師:授業だけが勤務時間、アルバイトと同じ扱いなので副業OK
再任用教諭:定年退職後に再雇用された先生
このうち、正規職員は専任の先生と、再任用の先生です。常勤講師と非常勤講師の先生は非正規職員です。
大きな違いは、非正規の先生は「講師」と呼ばれるところです。特に若手の講師の先生は「教員採用試験を合格していない人」として見られがちです。
今回の記事で話題となった肩書きは、「常勤講師」です。1年間の契約ですが、正規採用の先生と同じように働きます。
非常勤講師の仕事が授業だけであることに対して、常勤講師はフルタイムで働きます。勤務時間内に教材研究を行うこともできますが、部活動の顧問もやりつつ、分掌の仕事にも関わります。
給与面においても常勤講師が多くもらえます。愛知県なら一人暮らしが実現できます。
夢が半分叶っている状態
教員採用試験に合格していない状態で、常勤講師として働くと、夢が半分だけ叶っているんじゃないかと錯覚します。
僕自身も大学を卒業してすぐ常勤講師として3年間働いたので実感していました。
教員採用試験の勉強をしながら、学校の先生として働くことができて、お金ももらえているので、生活が充実しているように思えてきます。
講師を続けていると、歯痒いんですよ。特に春、新年度を迎える季節になると。
教員採用試験に合格していなくても、職員会議に出席している。学年の会議に出ている。部活動の顧問をしている。授業や学校行事の準備に参加している。これら全て、本当なら教員採用試験に合格した人が赴任先でやる仕事なのに、まだ合格していない自分がこの仕事に参加するなんて。
なんてことを考えながら、暖かい季節を迎えます。個人的には、ずっと何か大切なことを忘れてしまっているんじゃないか、思い出せないけど大事なことがあったんじゃないかっていう想いでいっぱいになります。
ソワソワしっぱなしの季節です。もっと他に、自分の人生で頑張るべきことがあるんじゃないのかって思いながら、目の前の常勤講師としてやるべき仕事をこなします。
4月に常勤として働き始めたということは、とりあえず今年度は首の皮1枚繋がった状態で生活ができる。けど、今年度の教員採用試験に合格しなければ、また常勤講師として働けるかどうかを気にしなければならなくなる。
常勤講師というのは、産休や育休、療養休暇などで欠員が出た時の欠員補充として契約して成り立っています。つまり、その欠員が他校の教員が転勤してくることで解決したり、育休などから復帰することで欠員の補充が不要となった時点で、常勤講師の契約が継続できなくなります。
こうした事情から、3月に発表される人事異動に合わせて次年度も常勤講師として働けるかどうかが決まります。常勤講師を続ける限り、こうした職業としての不安定さを心のどこかに抱えながら働くことになるわけです。
常勤講師だけど「いい先生」の正体
さて、記事にも書かれていた「いい先生」が正規教員になれないという話について語ります。
記事では、常勤講師として働いているのに、結果も出しているのに、採用してもらえないという講師の先生の悲痛な叫びが綴られていました。
正規の教員、例えば愛知県の教員採用試験を合格した先生は、愛知県の職員として採用されます。これに対して常勤講師や非常勤講師は、働く先の学校と直接契約します。
つまり、来年度に再度契約を結べるかどうかが、その講師の先生の、今年度の働きぶりによって決まるのです。学校側がその気になって別の人を探すとなれば、例え欠員補充の枠が来年度も空いていたとしても「来年度、うちには常勤の枠がありませんから。」と宣告されることもあります。
常勤講師の先生、特に若手の先生は、来年度も契約できるようにと、頑張ってしまうのです。結局のところ教員採用試験に合格していないことは分かっているものの、来年度も常勤かもしれないということを見越して、成果を出そうと思うわけです。
そして何より、常勤講師の先生のうち、教員採用試験合格を目指しているのが若手だということ。中には中堅や定年間際の年齢で講師をされていて、教員採用試験を受けないと決めている方もいらっしゃいます。しかし多くの常勤講師の先生方は、教員採用試験に合格して正規の教員として採用されたいと思って働いています。
そういった若い講師の先生こそ、教員採用試験を突破することが本来の目標であるものの、若くて熱いエネルギーを講師として接している勤務校の生徒に向けてしまうのです。
常勤講師の先生が部活動の主顧問や担任をやることもある
学校によりけりですが、時短勤務の先生が多かったり、少人数学級を展開していると、担任の先生ができる教員の人数が足りなくなることがあります。そういった学校だと、部活動の主顧問をやってくれる教員も足りません。
そんな学校で講師を引き受けると、常勤講師が学級担任を引き受けたり、部活動の主顧問を担当することがあります。本来であれば、欠員補充として臨時に来てもらっている先生にそこまでお願いすることは避けて、正規の先生で担当することが原則です。
しかしながら、僕が過去に勤務してきた学校などで、常勤講師が副担任ではなく担任を任されていた姿を実際に見たことがあります。それに、僕自身が常勤講師をしていた時にバスケ部の主顧問でした。
正規の教員の先生方が抱えている問題と、少しでも経験を積みたいと思う常勤講師に対するある種のやり甲斐搾取的な問題が絡み合った結果、常勤講師の先生にも重たい仕事が任されることがあるわけです。
未来の子どもたちのために時間を使う
僕もかつて、講師だけどITに強くて、頼りになる存在として働いていました。コンピュータ室の管理やら機器の台帳管理やら、やり甲斐がありました。
ですが、常勤講師の3年目が終わろうとした頃、急に「来年度は常勤の口がありませんから」と言われてしまいました。人事異動で、他校から情報の先生が転勤してくることになり、勤務校での欠員が補充されることになったのでした。
学校としては欠員補充という扱いにしないと常勤講師は雇えないわけですし、欠員補充にしていると、人事異動で正規の職員が転勤してくることもある。
だからこそ「来年度もよろしく」と言われることが嬉しくて、「あぁ、また1年働ける・・・」という安堵に繋がります。
ギリギリを過ごしてきた自分にとって、本当に欠員が補充されて、次年度その学校に自分の居場所がないということがわかると、本当にショックでした。
ただしこの虚しさや悔しさから来るエネルギーを、魚住は情報以外の教科の教員免許の取得と、教員採用試験に向けました。常勤講師を終えた後は非常勤講師として別の学校で働き、授業以外の時間のほとんどを勉強に費やしました。
「目の前の子どもたちじゃなくて、未来の子どもたちを導くために時間を使えよ」と言われたことが本当に心に残って、離任式の後に行われた歓送迎会でも「これからは、誰かのために時間を使うのではなく、自分のために使います」と宣言しました。
このマインドに切り替えたことと、非常勤講師に雇用形態が変わったことで、実際に自分自身のために時間を使えるようになり、情報以外の教員免許の取得と、教員採用試験合格を手にすることができました。
記事内で話題になっている通り、学校現場で求められる能力と、教員採用試験で試験官から見られる教師の資質に差があることは、僕自信も感じています。
例えば、愛知県公立学校教員採用試験では、最初の見出しに「愛知が求める教師像」が紹介されています。
広い教養と豊富な専門的知識・技能を備えた人
児童生徒に愛情をもち、教育に情熱と使命感をもつ人
高い倫理観をもち、円満で調和のとれた人
実行力に富み、粘り強さがある人
明るく、心身ともに健康な人
組織の一員としての自覚や協調性がある人
多くの自治体では、「こういいった人材を採用しますよ」という情報を公開しています。教員採用試験では、この教師像の通りの人物かどうかが見られます。
教員採用試験における講師経験の罠
それともう一つ、特に5に関係する「フレッシュさ」が特に教員採用試験には求められます。
合格した後、初任者研修や5年目研修など、様々な研修を受けることになります。愛知が求める教師像に近づいてもらうためです。
特に常勤講師の経験者に多いのですが、現場で働きすぎて、採用試験の小論文や面接などの質問で、生徒への具体的な対応方法などを聞かれた時に業務内容としての手法を話してしまう場合があります。
教員採用試験は大学生も受験する試験なので、そういった採用された後に学ぶべきことを答える場ではありません。求める教師像にどれほど近い人間なのかが見られる場です。
僕はこの罠にハマってしまって、1回目の教員採用試験で合格することができませんでした。現場で働いていると、仕事をするっていう感覚に慣れきってしまって、「今の現場で仕事が回せる人」という印象を試験官に与えてしまい、「将来、愛知が求める教師像に近付くことができる人間」として見られなくなる可能性があります。
「この人は良い人なんだろうけど、結婚相手としては選べないよなぁ」と同じ扱いを受けてしまうわけです。
特に、既に現場で働いていて人望のある方なら、教員採用試験の面接の練習などを学校でやらせてもらっているはずなので、僕が今回書いてみた内容については既にその感覚を掴んでいるはず。
しかしながら、今回の記事の通りの「いい先生」をやってしまっていては、教員採用試験で見られる資質との相性が悪いのです。
今回の東洋経済オンラインの記事の見出しをTwitterでパッと見た瞬間、僕の頭の中は「そりゃそうだろ」でした。この話を140文字で表現するには、文字数が足りなさすぎると思ったのでここに書いてみました。
気がついたらnewsletter1回分ほど書いてしまいました。自分が6年間講師だったり、常勤講師も非常勤講師も経験したのもあって、講師ならではの感情も一通り味わってきました。だからこそ、僕はより多くの講師の先生方には教員採用試験に合格していただきたいと考えています。
今、僕ができることとすれば、学校内で行われる面接練習に付き合ったり、講師の先生の仕事量を減らすお手伝いをすることでしょうか。
愛知県公立学校教員採用試験の一次試験は7月23日土曜日です。教育実習生も含めて、自分が関わった多くの方が合格されることを祈っています。
ん?Appleの値上げ?そんなの関係ねー、iPad Proの新型が出たらポチりますよ。
今回のnewsletterは以上となります。 「いいね」を押していただけるとうれしいです。内容に関するご意見ご感想がありましたら、「#こだわりらいふ」をつけたツイートや、Substack内のコメントまでお願いします。
そうそう、保護者の方から見たら、そういう見え方になると思います。
教員数が足りないっていう報道のされ方が一般的ですが、「欠員補充のための講師が足りない」が正解です。産休や育休に入られた先生がいるとして、そこには正規の教員をあてがう事ができません。
なのでここ最近言われている教員が足りない問題は、教員採用試験の倍率がどれだけ上がろうとも解決できない問題です😂
ここ2年、うちの学校にも講師の先生がいらっしゃって1年で転勤(というか別の学校に移られた)が続いたんですが、そういう事情なんですね。
岐阜は教員数が足りないと言われてるのですが
定員割れしているのにこんなに受からないことってあるんですね。
よっぽど試験に受からないのかもしれませんが、不思議な仕組みだなぁと思います。
先生の質も大事だと思うのでないがしろには出来ませんが、早く教員試験に受かってまた戻ってきてくれるといいなと思う先生ばかりです。
先生しか知らない世界、まだまだ沢山ありそうです。