生きることにこだわりを。魚住惇です。 今回もちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
万年筆の沼の世界
聞いてください。僕はこれまで、万年筆はペリカンのスーベレーンM800で終わると思っていました。
M805を購入したときのブログ記事はこちらです。
ペリカンの万年筆、スーベレーンM805デモンストレーターの購入・調整・修理までの道のり - さおとめらいふ-魚住惇のブログ
正確に言うと、M800ではなくて、M805。M800はペン先が金と銀の2色なんですが、M805のペン先は銀1色という、落ち着いた色合いのモデルです。
しかもデモンストレーターという限定モデルで、軸が透明です。元々は万年筆の販促目的で作られた、中身を説明するために営業さんが持ち歩いている仕事道具として作られたものが、一般販売されたものです。
楽天で購入して、ペン先に納得ができなくて、慌てて大垣にある川崎文具店に持って行き、結局はメーカー修理として見てもらった過去があります。
しかも今年に入ってその万年筆を落としてしまい、キャップが割れるという事故にも見舞われて、さらに修理費がかさみました。
購入したのが2020年なので、3年、僕の右腕として、フリーライティングを受け止め続けてくれた良き相棒です。
ちなみに修理に出す際に、中古のM805を追加で購入しているので、M805が2本あります。追加で買った方は軸の色が黒なので、ザ・万年筆のような見た目をしています。でも型番の末尾が5なので、ペン先は銀一色です。
ただこれも、修理から上がってきたデモンストレーターの方が、やっぱりメーカー修理に出したり、専門家に見てもらった分、書きやすくなってるんですよ。
何も調整していないM805だと、どうも自分には合わないというか、また同じ悩みの繰り返しな予感がしました。やっぱり万年筆は、ずっと使っているとその人の筆圧によってペン先が変化する筆記具のようです。
ペンクリニックに出した
さてそんな時に、大学時代の先輩・森上さんより耳寄りな情報を入手しました。なんでも万年筆のペン先の職人さんが、川崎文具店の9月のイベントに来てくださるとか。
その職人さんとはこの方。ペン先職人3代目の長原幸夫さん。
The Nib Shaper〜万年筆ペン先職人・長原幸夫 〜
この人の手にかかれば、書いている時の引っ掛かりがなくせたり、字幅だって変えられちゃう。この界隈ではかなり有名な職人さんだとか。
本拠地が広島の方なので、愛知県に来られるのは年に1〜2回。 そんな珍しいお方なら、是非ともその人に、一度僕の万年筆を見てもらいたい。
どんな感じに仕上がるのか。どんな書き味になるのか。ワクワクしながらその日は車を走らせました。
現地に到着して、店の奥に通してもらい、長原さんとご対面。早速M805を2本診てもらいました。
世間話も交えながら、研いでもらって試し書き、また研いでもらって試し書き。 これを繰り返しました。
ただなんというか、自分が求めていた書き味とは違うというか、どことなく違和感が残りました。
帰宅して、ノートに書いて、頭の中に疑問が残りながらも書いて書いて書いて。
本当にこの万年筆はこの書き味が正解なのだろうか。もっと書き味が良くなるんじゃないのか。自分が求めている書き味を言語化できていれば、もっと変わってたんじゃないのか。
後悔しても時間が戻るわけではないので、今言っても何にもなりませんが、次に愛知県に来られた時には、またお目にかかりたい。改めて自分が思う万年筆についてじっくりお話させていただきたい。今でもそう思えてなりません。
M805はゴールではなかったのか
それからまた万年筆について調べたり、森上さんからは特別に別の万年筆を貸してもらったり。
M805でゴールだと思っていた万年筆の、新たな世界を見るための旅が始まりました。
そこで知り得たのは、万年筆の更に上の世界でした。
ペリカンの万年筆のスーベレーンというシリーズは、現行ではM400〜M1000までが売られています。あくまでM800はM1000の1つ下のモデルというわけです。
万年筆の王の座に君臨しているモンブランのマイスターシュトゥック149のライバルとして挙げるなら、M800ではなくM1000だということが、調べていくうちにわかりました。
M800と肩を並べているのは149ではなくその下位モデルである146です。ちなみにモンブランの万年筆のこの数字は、万年筆の本体そのものの長さだそうです。149は149mmという意味。
つまりあれか。万年筆を使っていて、「このぬらぬら書けるという感じが良いんだわ」と思いながらM800で満足していた自分は、その上も知らずに絶賛していた言わばピエロ。
全てを知り、用途を考えた上での現実的選択ではなく、それを自分がゴールだと思っていた。
知らないということは、なんと愚かなことなのでしょう。
僕がまず買ったのはM400。まぁペリカンのスーベレーンではエントリーグレードです。次に買おうとしたのは、それよりも太い軸。順番としてはM600があるわけですが、そこで後悔するくらいならと、人気モデルのM800を選びました。
でも今振り返ると、「M800は万年筆のランキングでもよく首位にランクインする人気モデルだから、まぁ間違いはないだろう」という打算的な考えで当時は決断してしまいました。
今思えば、これがいけなかった。「ひとまずこれでいいだろう」という目論見でM800を選び、そこに落ち着こうとした。
ただ一つ言えるのは、今ここでこのことについて気づいてよかったということ。ひとまず僕は自分がピエロだということに気づくことができて、自分が知らない世界があるということを知り、新たな世界を知ろうとした。
そこで分かったのは、自分が求めていた書き味は大きなペン先でこそ実現されるものだということでした。大きなニブの類の万年筆から見れば、M800でさえ小さく見えてしまう。それくらい大きなニブなら、柔らかくて、書いている時にもしなってくれる。
ちなみによくある万年筆について紹介しているブログやYoutubeの動画で、「金のペン先の方が柔らかい」とかぬかす輩がいますが、それは全くの間違い。ペン先の硬さ(柔らかさ)は、大きさに比例します。
つまり、柔らかい書き味を求めるのならば、大きな万年筆を選ぶ傾向を知っておいた方が良いということです。例外もありますけどね。
それと、1つの到達点であるモンブランの149。あれもニブが大きく、軸が太い万年筆です。ただし、中古市場には偽物が出回っているということと、仮にメーカー修理に出す時に、純正以外のインクが使われていた形跡が見つかると、修理を引き受けてもくれなくなるという殿様販売っぷり。
さらには、モンブランの書き味が昔と今とで少し違うらしく、昔ながらの良き時代のモンブランを味わうには、ビンテージ万年筆の世界に足を踏み入れるしかないといういことも、調べていくうちにわかってきました。
いや、流石にビンテージ万年筆の世界に首を突っ込んじゃダメだ。はっきり言って、ワインと同じ類だ。
でも調べてみればみるほど、現行モンブランにはあまり良い印象はなく、かといって中古にも手を出しづらい。ただまぁ、モンブランの万年筆は人気な分、中古の出物の数も多いので、今後の選択肢にはなり得そうでした。
でも妙に安いのは、偽物かもしれないっと。ここまで学んだところで、モンブランからは手を引くことにしました。
では、残るは、パイロット。日本の万年筆メーカーです。パイロットのカスタムシリーズ、あれの数字はパイロットの設立年数が元になっているそうです。
中でも数字が3桁のモデルはペン先が大きい。僕の中では845が最上級という認識だったんですが、2016年に発売したCUSTOM URUSHIが大きなニブとして好評だそう。
これの価格が96800円。うん、10万円か。日本の万年筆にしては高い。しかし、良いものを作ってくれた。
モンブランの149は定価で15万円なので、それよりかは安い。
段々と金銭感覚が狂っていくことに、割と早く気づきました。いかんいかん。M800でも十分過ぎるほどの、一生物の万年筆のはずなのに、いつの間にか10万円の買い物をしようとしている。
しかし、同じ10万円だとしてもiPhoneと違ってもっと長い年数使えるはずだ。決して悪い買い物ではない。
M1000との出会い
そんな中、某サイトで新古品(展示品)だったペリカンのスーベレーンM1000を発見しました。45000円でした。目ん玉が飛び出そうなその価格、即買いでした。
あぁ、なんでだ。ペリカンの万年筆が目の前に4本ある。美しい。どうしてペリカンを飼いだすと、増えてしまうのだろう。
でも、嬉しいことだけではありませんでした。そう、肝心な書き心地。やっぱり僕が求めていた感覚とはちょっとかけ離れていました。
そんなバカな。これはM1000だぞ。スーベレーンのフラグシップだぞ。書き味に納得できないわけがないだろう。
あぁ、早くこのM1000を長原さんに磨いてもらいたい。
でも、自分でできる方法は、何かないんだろうか。もし今の自分でも何かできることがあれば、まずはそれをやってみるのも手だと思う。
そう思った僕は、更に調べてみることにしました。そこで分かったのは、紙やすりでペン先を削って書き味を整えるという調整方法がるということでした。
ううむ、削る。10万円の万年筆のペン先を、自分で削る。これはかなり勇気がいる。一度削ったペン先は、2度と元には戻りません。これは慎重にことを進める必要があるな。
紙やすりは紙やすりでも、商品名はラッピングフィルム。そして目の細かさは#10000です。車のコンパウンドよりも細かい。
ペンクリニックをやられているメーカーの社員さんも、使っているそうです。
というわけで、買ってみました。アクリル板やガラス板にカットしたラッピングフィルムを貼り付けて使うらしいんですが、我が家にはそんな平たい板がなかったので、MacのMagic Trackpadで代用しました。
インクが掠れるなと思う部分を、最小の力でくるくるなぞりました。インクが出てきたら研磨をやめて、紙に試し書き。これをひたすら繰り返しました。
無理に力を入れることは絶対にせず、2回くらいぐるぐるを書いて、書く。ルーペを持っていないので、指先の感覚だけが頼りでした。
やっていくうちに、ペンポイント(紙に触れたらインクが出てくるペン先の部分)の具合が変化して、ペン先を走らせるときの滑らかさが増しました。
とりあえずは自分が納得できる領域に到達したので、その時点で作業をやめて、あとは削らないようにしました。
よくブログとかSNSとか見ていると、「万年筆を買った。滑らかにかけるぞ。最高だ。」みたいな書き込みを見ますけど、全然そんなことないんですよ。
万年筆は買ってはい最高、終わり。じゃなくて、そこからが旅の始まりです。沼とも言います。
特に高級な万年筆だと、ペン先は人の手によって作られます。同じ型番であっても、個性があります。っていうかほとんどの万年筆は、全部個性的です。
初めましての万年筆は、ペンポイントがどこなのか。どんなインクの出方をするのか。掠れるポイントはどこなのか。これらを書きながら見ていき、その万年筆に適した持ち方で、ちょうど良い筆圧をかけていく必要があります。
ペリカンを4羽飼うことになって、ようやく分かりました。万年筆沼の諸先輩方が、万年筆のことを「この子は」という言い方で呼んでいることも、初めましてから指先で対話していく過程で人と同じように扱うようになったということでしょう。
よくないなと思うようになったのは、「おら、こちとら高い金払っとるんじゃ。ぬらぬらせんかい!」みたいな考え方。万年筆の特性を考えたら、この考え方が1番あってはならないことがわかってきます。
それでも、なんとか自分の手に馴染んで欲しい。求めている想いに、どうか応えて欲しい。でも想いを強く持ってしまったら、それはエゴだ。それでは応えてくれない。その優しさが相手のためではなく自分自身のためのエゴだということが見透かされてしまったら、途端にこちらを向いてくれなくなってしまう。
もっと万年筆の声を、聞かなければ。
まるで各々の万年筆には、それぞれ意思が宿っているかのように扱う。これが万年筆への丁寧な接し方なのか。
今回はそんな新たな世界を発見しました。向き合えば向き合うほど、森上さんの言動がわかってくる。長原さんの話が腑に落ちるようになる。気がつけば、長原さんに調整していただいたM805も、今使うと病みつきになる書き心地であることを、やっと実感できました。周り回って、良さに気づく。これもまた味わい深い世界です。
今回は万年筆の、自分にとって新たな沼。あたらしい世界を見たよというお話でした。そうそう、M1000を磨いたのはね、コロ助の時でしたよ。ロキソニンを飲みながら、2日かけて研ぎました。
それともう一つ。ペリカンの万年筆、値上げするらしいですね。M1000は93500円から104500円になるそうです。ほら、今買えばお買い得。
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沼ですね
スーべレーンは年齢が50のタイミングで、買おうと思ってますが、年々値上がりしてるのを考えると早めに買った方がいいのかな…
ちなみに、一番お気に入りのペンは、ラミーのサファリです(価格だけみるとスーべレーンより大分お安いですが)
ちょうど今ペリカンのスーベーレンm600の限定カラーを買うかどうか迷ってたのでいろいろと参考になりました