生きることにこだわりを。魚住惇です。
先日、勤務校では新入生に向けての部活動説明会が行われました。僕が顧問を務める商業部には10人の新入部員が仮入部してくれました。
男子9人、女子1人。なかなか濃ゆい人たちでした。そして2年生も1人増えました。昨年度のプログラミングのテストで学年1位だった生徒をスカウトしました。
コンピュータ室がいっぱいになった、1年生を迎えた部活動初日。人数だけで言ったら雰囲気は授業そのものでした。
でもねぇ、人が増えた分、もうそれだけで顧問が抱える悩みも増えました。今回もちょっとしたこだわりに、お付き合いください。
タッチタイピングってどうやって教えるんだろう
僕のこだわりといえば、そう、キーボードですよね。2020年から始まったHHKBエバンジェリスト制度も今年で4年目を迎えます。
教え子や友人、Xでの知り合いが、こぞってHHKBユーザーになってくれたのが本当に嬉しいです。
僕のHHKBは無刻印です。HHKBは無刻印だからこそ意味があるんですよ。無刻印じゃないHHKBに意味があるのかどうかはさておき、使っているだけでテンション爆上がりです。
しかしこの無刻印のHHKBを自在に操るには、タッチタイピングを習得する必要があります。
話題は変わって授業の話。今年も1年生で情報Ⅰの授業が始まりました。昨年度は一昨年度と比べて大幅改訂を自分の中で実施しました。
これによって生まれた歪みや、新たな試みの継続などを踏まえて、今年度もチャレンジをしていきたいなと毎日考えています。
今年のテーマは、なんと言ってもChatGPTをはじめとする生成AIを活用する授業展開です。来週のnewsletterでもう少し詳しい話ができるかもしれません。4月19日は東京に出張してきます。
ChatGPTと言えば、僕は愛用しているノート「アクセスノートブック」を購入する権利を妻のゆかさんからいただくと同時に、ChatGPT Premiumを解約しました。もう自分の中で活用のブームが過ぎ去ったかのように思えたChatGPTをどうやって授業で活用するのか。まぁそれをこの1年かけて考えていこうという試みです。
でね、ここからが最初に話たキーボードの話の伏線回収となるわけですが、ChatGPTを使うときって、当然タイピングするわけですよね。生成AIを使うためには、ある程度の速度でキー入力を行う必要があります。
GIGAスクール構想によって、小学1年生からなんらかの端末を授業で活用するようになって数年経ちます。令和4年度に始まったということは、今年の新入生は中学2年生からタブレット端末を使い始めて、キーボードに慣れ親しんできた世代のはずです。
そのはずなんですが、もうだめ。こんなの耐えられない。
情報Ⅰの初回の授業で、タイピングをさせてみて様子を見回っていた結果、もう指がぐちゃぐちゃなの。
なんで「W」を右手の人差し指で打った?スペースキーは親指で打つんだよ?「M」を親指で打たないで。「R」は人差し指。なんでホームポジションに手を置くとき、「F」「J」の上に中指おいてるの。ああああああああああああ。
耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない。
何度か話しているかもしれませんが、見えちゃうんですよ。違う指で打ってると「違う!」って思っちゃうんです。人がタイピングしている様子を見ていて、ホームポジションやそこから派生する指の担当する場所を守らずに入力していると、もうそれだけでイライラMAX。
Youtubeに公開されてるHHKBの公式ASMR動画でさえ、ポジション通りに打ててないんですよ。稀にですけどね。なんで編集の段階で気づかなかったんですか。
この話をするとね、大半の人は「そこまで言われても、人が打ってる様子を見てても細かいとこまで気づけん」って言うんですよ。
僕も似たような経験があります。サッカーの審判をしているとき、ファウルに気付けないことが多々あって、「ごめん」と思ったことも何度もありました。
それと同じようなことが今まさに、生徒の手元で起こってるんです。すぐイエローカードです。だからこれは、僕なりの特性なんだなということがわかりました。
他に例えるなら、鉛筆の持ち方や、箸の使い方を子供にチクチク指摘する感じでしょうか。イメージが近いと思います。
なんでみんな、キーボードをポジション通りに使わないんでしょう。昔、大学の職員さんにその話をすると、「自分はAdobeをよく使うから、左小指はCtrlやShiftのために使わないでいるんだよ。」なんて話をしてくれたことがあります。
違うんだよ今は文字入力の話をしているのであって、ショートカットキーを多用する時の話なんてしてないんだよ。
もう多分、病気の域なんだろうと自分では思います。だから職員室で勤務している時だって、他の先生方がいくら運指がぐちゃぐちゃだとしても、何も言いません。気づいてますけど言いません。その人はその打ち方で満足しているんだから。水を差すようなことはしません大人だから。
僕だってね、中学の頃まではポジションなんて守れていませんでした。決め手は高校に入学してからのこと。僕よりも成績が優秀なクラスメイトがタッチタイピングしているのをたまたま見ました。
それだけでライバル心に火がつきました。日夜タイピング練習に明け暮れました。タイピングの速度は上がりましたが成績は下がりました。それまでは「魚住惇」と「ときめきメモリアル」しか速く打てなかったのが、あらゆる文字が素早く画面に表示されるようになりました。
どこかで「基礎からやり直そう」「間違えないようにしよう」「正しいポジションで打つようにしよう」と心がけて努力しないと、タイピングって正しい指使いにならないんです。
妻のゆかさんにこのことを話すと、スマホのフリック入力の思い出話をしてくれました。僕は言われるまで忘れてたんですけどね。
僕はiPhoneの日本語入力は「フリックのみ」にしています。その方が効率が良いと思っているからです。「ああああ」って打つとき、ケータイ入力だと「あいうえ」ってなりますからね。フリックのみの設定にしてから3日くらい苦しみましたが、何日間か経ったら次第に慣れていき、今では割と素早く入力できるようになりました。
これを結婚してから、ゆかさんにも強制してたようで。ある日僕がゆかさんのiPhoneの文字入力の設定を変更して、フリックのみにしたと言う話を聞かされました。その話を聞いていると、「そうだっけ、あ、確かに、やった気がするなぁ」なんて思えてきました。
ちなみにゆかさんはそれから1週間ほど苦しんだ後にフリック入力に慣れていき、今となってはケータイ入力にはもう戻れないほどの速度で文字が打てるようになったそうです。やり方は割と強引だったと反省する一方で、多少強引でないと人の習慣というのは変わらないよなとも思いました。
ではChatGPTの活用を前提としたタイピングスキルは、どこまで生徒に求めたら良いでしょう。
僕はできれば、手になんらかのアドバンテージを抱えているような事情を除いて、多くの生徒に正確にタイピングできるようになって欲しいと考えています。
一度も実現できてないんですけどね。
でもほとんどの生徒はペンを持って文字が書けるんですよ。箸を使って食事してるし、自転車だって運転できています。僕からしてみたら、なんでそこまで体を器用に動かせて、キーボードだけぐちゃぐちゃなのか、意味がわかりません。
でもこれはひょっとしたら、能力がある人の発想なのかもしれません。科目が英語だったら、今の英会話、なんで聞き取れないの?とか、なんでbとdがごっちゃになるの?とか。いくらでも悩みは出てくるんじゃないかとも想像できます。
ここまで考えると、ある程度見えてきたものがあります。水泳の泳ぎ方や、自転車の乗り方にも共通しているかもしれません。
結局は、熟練度の差だと思うんですよ。熟練度=「知識」×「意識」×「行動」です。
どのキーをどの指で押すのかを「知識」として知っていて、正しい指で押そうと「意識」をして、実際に「行動」することで、正確なタイピングが実現できます。
昨年度の授業では、「知識」を伝えることはやったとしても、生徒の「意識」を変えることができませんでした。「ある程度早く打てるようになったし、これでいいや」と思わせてしまったかもしれません。そう思ってしまったら「行動」してくれません。
商業部に入部してくれた新入部員でさえポジションが守れている生徒は1人もいませんでした。4月の間は、後から様子を見て、少し厳しめに指導しようかなと考えています。
あとは情報Ⅰの授業を受けるその他大勢の生徒にどうアプローチするのか。どうやって声かけしようかなぁ。ここはまだ煮詰まっていません。飴と鞭でしょうか。
例えば、速くタイピングをしている様子の動画を見せることでの意識づけ。僕が高校時代に味わった、タッチタイピングへの憧れと似たような経験をさせるとか。
それと、実技テスト。僕は良くも悪くも指の動きを間違えたら気づくので、例えば「aiueo」を10回入力する中で何回間違えたのかをカウントするとか。でも今年度の1年生の1クラスの人数は38人だから、果たして50分の授業内で全員分終われるかどうか。実技テストを行うとなると、もうそれだけで1コマかかりそうです。
ChatGPTを自分の相棒として使いこなすような生活習慣を実現するための、タイピング技術の向上。そのための訓練方法。これを確立させるためには、自分が多少なりとも鬼のように厳しく、ホームポジション以外の指を使うことを許さないくらいのレベルで生徒に関わる必要があります。
本音を言うと、そんなことで怒りたくないんですよね。もっとのびのびと授業やりたい。ついてこれる人だけ来たらいい。同じ次元に到達するまで徹底的に面倒を見ます。ずっとこのスタンスでやってきました。
でもこの考え方で生徒に接していると、どうしても「特別」と「その他大勢」の二極化が起こってしまい、全体の底上げには至りませんでした。スペシャルを育てた事例は過去の配信でもお伝えしましたが、僕とて全体のレベル上げを成し遂げたことがないんですよ。
自分から無駄にこだわりをぶつけてまで、生きづらい人生を歩みたくない。これまではそう心に誓いながら、メリハリをつけて暮らしてきました。自分と同じレベルを他者に求めるということは、「この状態が僕はとっても好き」を相手に押し付けることになります。超えてはならない領域にまで土足で踏み込んでしまう。そうはならないように、許せる許せないの基準は自分だけに適用する。
どこまでこのこだわりを押し付けても良いのか。自分の子供でもない生徒たちに。自ら望んで入部した商業部とは違い、意欲にばらつきがある子どもたちに向けて、どうしたらタッチタイピングを習得してくれるのか。これを乗り越えることができたら、ChatGPTであれObsidianであれ、なんでも教えられるような気がします。
何か良い事例があれば、コメント等で教えてください。
今回のnewsletterは以上となります。 「いいね」を押していただけるとうれしいです。内容に関するご意見ご感想がありましたら、「#こだわりらいふ」をつけたツイートや、Substack内のコメントまでお願いします。ちなみに最近散財が止まりません。散財記録はまたどこかで話すか、newsletterのネタにしたいと思います。
タイピング、私も多分打ち方変です💦
ピアノをやっていたせいか、ポジションから外れて打つのも許容範囲、と認識してしまっています(ピアノなら前後の流れで指使い変わるのはよくあることなので…)
さて、タッチタイピングはできた方がもちろん良いかとは思うんですが、どこまで完璧じゃないと仕事にならないか、の要求度は結構低めだな、と思っています。
最近会社に入ってくる若い子たち、Ctrlもどこにあるのか知らなかったくらいでしたから。
それでも半年くらいすれば一本指ではなくキーボード打てるようになってたと思います。
「会社員になった時に困らない普通レベル」ならポジションが完璧じゃなくても、ショートカットキーがあることを理解していて(まずそこから)、基本的なショートカットキーが使えて、そこそこのペースで文字が打てること、くらいです。
最初は時間をまとめてとって練習して、あとは毎時間ちょっとずつ練習していく、くらいでも十分実用的なレベルにはなれるのかな、と思います。
「タッチタイピング完璧」の壁って、体育実技で満点取れるかどうかみたいな世界だと私は感じているので、それが出来なきゃどんなに理解度高くても点数取れないとこまでいくと、「体育嫌い」ならぬ「情報嫌い」になっちゃいそうかなぁとちょっと心配です。
ゴールが「速く打つこと」なら「指使いが完璧」は手段でしかないし、そこで苦手意識持ってしまうくらいなら、パソコン触るのは面白い、くらいに思ってる、そこそこの速さで打てる人の方が、そのあとの人生でお得かな、と思います。
その気になれば一応後からでも技術は身につきますが、好きか嫌いかを覆すのはなかなか難しい気がするので。
Python学習、結局前にご相談したあたりでつまづいたままです😅
また新学期落ち着いた頃に質問出来るように、再チャレンジしてみます…!
初コメです。最近obsidianを使い始めた小学校教員です。
私が持っている子たちには「プレイグラム」のサイトでタイピングを練習してもらってます。一本指打法を覚えた子でも、ブラインドタッチを見せて「これ、できるようになりたくない?」と言うと、割と熱心にプレイグラムの練習をしてくれます。
小学生故の素直さもあるのだとは思いますが…。